【画像16枚】河村勇輝選手の幼少期や学生時代の伝説エピソード7選!まさに文武両道の努力の天才とは彼のことだった!

Bリーグで活躍する河村勇輝選手 エンタメ

男子バスケットボール「Bリーグ」でご活躍され、日本代表選手としても国際大会にも出場されている河村勇輝選手。

現在、Bリーグ「横浜ビー・コルセアーズ」に所属し、2022-2023シーズンはBリーグMVP・ベストファイブ・新人賞と数々の賞を受賞。

2023年8月25日より開催されるFIBAバスケットボールワールドカップにも日本代表選手として出場し、1次リーグ2戦目・フィンランド戦では世界大会での連敗を11で止め、17年ぶりの世界大会での勝利に大きく貢献しました。

ひよはる
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FIBAバスケットボールワールドカップ2023・1次リーグ2戦目・フィンランド戦の河村勇輝選手の活躍が特集されていました!

格上・フィンランドの選手たち相手に大活躍の河村選手!

素早いドリブルで相手ゴールに攻め込んだり、3Pシュートを決めたりと、めちゃめちゃカッコいいですね!凄すぎる!!

是非、ご覧ください!

【世界よ、これが河村劇場だ】河村勇輝が25得点・9アシストでフィンランド撃破の立役者に!【#FIBAWC
引用元:バスケットボールキング

今回は、日本を代表するバスケ選手・河村勇輝選手の子供の頃から学生時代を振り返り、「世代NO,1ポイントガード」と呼ばれるまでに至った伝説エピソードをまとめさせて頂きました。

是非、最後までお楽しみください。

  1. 河村勇輝選手の伝説エピソード7選!を画像付きでご紹介!
    1. 伝説エピソード① 幼少期 幼い頃から運動神経抜群!かけっこはいつも1番だった!
    2. 伝説エピソード② 小学生時代 小学4年生にしてスタメン出場!独創性のあるプレーで、チームの司令塔として活躍!悔しい敗戦をきっかけに1日300本のシューティング練習を始める!
    3. 伝説エピソード③ 小学生時代 全国大会優勝!チームを全国制覇に導いた大会出場前の2日間2000本シューティング練習!
    4. 伝説エピソード④ 中学生時代 学業でも常に成績上位をキープ!キャプテンとしてチームをまとめ、全国大会ベスト16まで勝ち進む!
    5. 伝説エピソード⑤ 高校生時代 才能を開花!強豪・福岡第一の中心選手として一気に全国区の選手に!U-16・U-18日本代表選手として高校バスケを牽引する存在に!
    6. 伝説エピソード⑥ 高校生時代 高校バスケ界であまりに強すぎる福岡第一高校!天皇杯でプロチーム・千葉ジェッツ相手に健闘する!河村選手は高校生にしてプロデビュー!Bリーグ・史上最年少出場記録と史上最年少得点記録を打ちたてた!
    7. 伝説エピソード⑦ 大学生時代 2024年のパリ五輪を出場を目標に正式にプロ契約決意!プロ転向後、2022-2023シーズンのMVP・ベストファイブ・新人賞など数々の賞を受賞する!
  2. 2023年8月25日より開催されたFIBAバスケットボールワールドカップに日本代表選手として出場
  3. まとめ

河村勇輝選手の伝説エピソード7選!を画像付きでご紹介!

Bリーグ選手として活躍する河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:Bリーグで活躍する河村勇輝選手
出身校・経歴
  • 山口県 柳井市立柳井中学校
  • 福岡県 福岡第一高校
  • 東海大学(中退)
  • 2019-2020 三遠ネオフェニックス(特別指定選手)
  • 2020-2022 横浜ビー・コルセアーズ(特別指定選手)
  • 2022-現在 横浜ビー・コルセアーズ

河村勇輝選手は教員を務めるご両親のもと、末っ子の長男として誕生しました。姉弟には2人の姉がいるそうで、とても可愛がられ育ったそうです。

当時から運動神経は抜群で、保育園での徒競走では常に1番。スポーツでは元々、野球に興味があったようで幼い頃はお父様とよくキャッチボールをして遊んでいたそうです。

河村選手がバスケットボールに興味を持ち始めたのが小学2年生の時。

地元の野球チームに入る為、スポーツショップで野球用品の購入に訪れましたが、河村選手にはピンとくるような野球グッズがなかったそうです。店内を探索しているとバスケットコーナーに目を引かれ、そこで「バスケのユニフォームの方がカッコイイ」と思ってしまったそうです。

元々バスケ経験者の父親の影響で、河村家にはバスケットボールのゴールが既に設置されていたそうで、日常的に父親と1対1の勝負をしていた河村選手は、バスケットを本格的に始めるきっかけを掴み、地元のミニバスチームに入団します。

入団後にはメキメキとその才能を伸ばし、小学4年生のころにはチームのスタメンとして出場。当時からチームの司令塔として抜擢されていました。

小学6年生の頃には県内で負けなしの実力を誇り、全国大会に出場。決勝戦では、河村選手のバスケットカウントが決勝点になり1点差で勝利。見事、全国大会優勝を果たしました。

河村選手は小学校卒業後、地元・柳井市立柳井中学校へ進学します。

河村選手は、バスケと勉強を両立することを目標にしていたそうで、姉たちが通う地元の進学校に自分も入り、教育系の国立大学に進学して体育教師になることを目指していました。

その為、部活動後に週3日塾にも通い、常に成績は学年一桁台で、上位を維持し続けたそうです。

部活動では中学2年生の夏、県大会決勝まで勝ち上がるも敗退してしまった河村選手。上級生が引退後、新キャプテンに就任した河村選手は、チームの仲間たちと共に、全国大会への出場を目指し日々、努力を重ねていきます。

その努力が実を結び、県大会を勝ち抜き全国大会へ出場。全国大会でもベスト16まで勝ち上がりました。

当時、無名の河村選手でしたがこの全中での活躍が高校バスケ強豪校・福岡第一高校・井手口監督の目に留まり、スカウトされます。

将来、教員になることを目指していた河村選手は、スカウトを受けるか4カ月もの間を悩んだ結果、福岡第一高校への進学することを決めました。

福岡第一高校へ進学した河村選手は、1年生の頃からレギュラーを勝ち取り、U-16・U-18の日本代表選手にも選ばれる才能を開花させていきます。

司令塔としてチームを牽引し、高校2年のウインターカップでは優勝。高校3年ではインターハイ・ウインターカップの両方で優勝するという快挙を成し遂げました。

ひよはる
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河村勇輝選手について、恩師・福岡第一高校・井手口監督が取材を受けていました!

「誰よりも練習をしていた」という高校生時代のエピソードを語られていて、改めて河村選手の凄さを感じることが出来ます!

是非、ご覧ください!

【誰よりも練習していた】高校時代の恩師が語る努力家・河村勇輝

引用元:日テレスポーツ【公式】

河村選手が高校3年の頃の福岡第一高校は高校バスケでは圧倒的な実力で、大学生にも負けない強さを誇っており、高校生ながらプロチームも出場する天皇杯に出場。Bリーグの強豪・千葉ジェッツと対戦し、見事な活躍を見せました。

憧れの千葉ジェッツ・富樫勇樹選手からも「高卒でプロになってほしい」と言われたそうです。

高校3年のウインターカップ後の2020年1月、現役高校生ながらBリーグ・三遠ネオフェニックスと特別指定選手として契約を結び、プロデビュー。

史上最年少出場記録と史上最年少得点記録を打ち立てました。

河村選手は高校卒業後の進路を悩んだ末、大学への進学を選択します。プロデビューの誘いがある中、大学進学を選択したのは将来の夢だった体育教師を目指す為。

また、進学先に選んだ東海大学には名将・陸川章監督が指導に当たっていて、河村選手は陸川監督の下、人間力を鍛えたいという思いで進学を決意したそうです。

東海大学では体感を鍛えたり、バスケIQも向上し、大きく成長する機会となったそうで、バスケに取り組む環境や2024年パリ五輪に出場したいとの思いがだんだん強くなっていきます。

そして2022年3月で東北大学を中退し、現在所属の横浜ビー・コルセアーズと正式契約。特別指定選手からプロバスケットボール選手へと転向しました。

ひよはる
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今回は河村勇輝選手の幼少期からのプロバスケット選手になるまでの伝説エピソードを画像付きの早見表で、一挙にご紹介させて頂きます!

河村勇輝選手の画像伝説エピソード
幼少期の河村勇輝選手伝説エピソード①
幼少期
幼い頃から運動神経抜群!かけっこはいつも1番だった!
小学生時代の河村勇輝選手伝説エピソード②
小学生時代
小学4年生にしてスタメン出場!独創性のあるプレーで、チームの司令塔として活躍!悔しい敗戦をきっかけに1日500本のシューティング練習を始める!
小学生時代の河村勇輝選手伝説エピソード③
小学生時代
全国大会優勝!チームを全国制覇に導いた大会出場前の2日間2000本シューティング練習!
中学生時代の河村勇輝選手伝説エピソード④
中学生時代
学業でも常に成績上位をキープ!キャプテンとしてチームをまとめ、全国大会ベスト16まで勝ち進む!
高校生時代の河村勇輝選手伝説エピソード⑤
高校生時代
才能を開花!強豪・福岡第一の中心選手として一気に全国区の選手に!U-16・U-18日本代表選手として高校バスケを牽引する存在に!
高校生時代の河村勇輝選手伝説エピソード⑥
高校生時代
高校バスケ界であまりに強すぎる福岡第一高校!天皇杯でプロチーム・千葉ジェッツ相手に健闘する!河村選手は高校生にしてプロデビュー!Bリーグ・史上最年少出場記録と史上最年少得点記録を打ちたてた!
大学生時代の河村勇輝選手伝説エピソード⑦
大学生時代
2024年のパリ五輪を出場を目標に正式にプロ契約決意!プロ転向後、2022-2023シーズンのMVP・ベストファイブ・新人賞など数々の賞を受賞する!

伝説エピソード① 幼少期 幼い頃から運動神経抜群!かけっこはいつも1番だった!

幼少期の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:幼少期の河村勇輝選手

河村勇輝選手は幼少期の頃から、運動神経抜群だったそうで、地元の保育園でのかけっこはいつも一番で、最初はバスケットボールではなく、野球に興味があったそうです。

ひよはる
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幼少期から運動神経抜群の我が子を見たお父さんは、息子の将来についてどんな思いを抱いていたのでしょう?

まさかプロバスケの選手になるとは夢にも思っていなかったのか?

それともあまりに運動神経が良いので、何かスポーツ選手として大成する未来を思い描いていたのか?

インタビューしてみたくなりますよね。

そんな父・吉一さんとキャッチボールをしたり、お風呂の中で手首を50回スナップさせてから出るなど、野球少年として日々を過ごしていたとのこと。

ひよはる
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バスケでこれだけの運動神経を発揮しているのですから、野球をやっていても大成した可能性は高そうですね。

私のイメージ的には「めっちゃ守備の上手なセカンドやショート」が似合いそうですがどうでしょうか?

また河村選手は英語教師をしている父の影響で、3歳までドイツで過ごしていたそうです。

河村選手自身は記憶にないとのことですが、「誰とでもオープンに話せるのはドイツでの経験が大きい」と父・吉一さんが語られいたそうです。

伝説エピソード② 小学生時代 小学4年生にしてスタメン出場!独創性のあるプレーで、チームの司令塔として活躍!悔しい敗戦をきっかけに1日300本のシューティング練習を始める!

小学生時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:小学生時代の河村勇輝選手

地元の小学校に入学した河村勇輝選手がバスケットを始めたのは小学2年生になってから。

ひよはる
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野球を始める為、スポーツショップに立ち寄った際にバスケットと運命的な出会いをした河村選手。

「バスケのユニフォームの方がかっこいい!」と感じた気持ちは、河村選手のバスケ愛の原動力になっているのかもしれませんね。

ミニバスチームに入団した河村選手は、バスケットの指導者もしていた父・吉一さんのサポートもあり、その才能をメキメキと伸ばしていきます。

父・吉一さんは教師として授業を行いながらも、毎日のように息子の自主練習に付き合っていたそうで、息子がバスケに直向きに取り組み成長している姿は、父親としても嬉しかったのではないでしょうか?

河村選手は小学4年生の頃にはスタメンとして試合に出場し、チームの司令塔として活躍していましたが、県大会出場をかけた地区予選で負けてしまい、河村少年は人生初の挫折を経験することに。

父・吉一さんからは「自分のせいだと思うなら、やるべきことがあるんじゃないか」と指摘され河村少年は、この敗戦をきっかけに毎日300本インのシューティング練習に取り組んでいきます。

ひよはる
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一度の敗戦から「自身で努力し、改善していこう」という考えは小学4年生とは思えないぐらい立派ですね。

自主練習の成果が試合で出るようになってからはシュート300本インシューティングの練習に加え、連続シューティング練習を開始。

小学6年生の頃にはシュート本数を増やし続け、1日1000本のシューティング練習を行っていたそうです。

連続シューティングメニュー
  1. リング下シュート左右連続50本
  2. フリースロー連続10本
  3. ミドルシュート連続8本
  4. 3P シュート連続5本
  5. ②③④をもう1セット繰り返し
  6. 椅子から飛び降りてシュート連続7本
  7. 仕上げに②③④を2本ずつ合計6本連続
  8. フリースロー連続10本
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小学生とは思えないぐらいの努力に努力を重ねていた河村選手は、いったいどんな思いで自主練習に取り組んでいたのでしょうか?

全国制覇を目標にしていた?もっと先の未来「プロバスケット選手」になることが目標だった?

小学生であればそのような夢を描いていて不思議ではないですよね。

また河村選手はバスケの研究にも一生懸命で、父・吉一さんのコレクションのNBAビデオを鑑賞するのが毎日の日課になっていたそうです。

毎日、何度も何度もNBA選手たちのスーパープレイを見て学び、実際のプレーに活かしていました。

特に日本人初のNBA選手となった田臥勇太選手のドリブルを研究し、練習をしていたそうで、河村勇樹選手も「僕のドリブルは田臥さんの影響がすごく強いです」と語っていたそうです。

ひよはる
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小学生の頃から並外れた練習量とバスケの研究をしていた河村勇輝選手。その努力が今のBリーグでの活躍の礎になっていたんですね。

伝説エピソード③ 小学生時代 全国大会優勝!チームを全国制覇に導いた大会出場前の2日間2000本シューティング練習!

小学生時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:小学生時代の河村勇輝選手

小学6年生になる頃にはチームのエースとして活躍していた河村勇輝選手。

チームも県内では無敗の成績を誇り、16年ぶりに全国大会への出場を決めます。

ひよはる
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お父さんとのシュート練習の成果が実績として現れていますね!

毎日こんなに練習しているのですから、「シュートは打てば入る」という感覚だったのではないでしょうか?

全国大会前の自主練習では父・吉一さんと話し合い、東京出発の前の2日間で2000本インのシューティング練習を行い、万全を期して全国大会へ挑みました。

ひよはる
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全国大会出場を決めても油断をせず、今まで以上に自分を追い込み練習する河村親子はこの時、一体どんな話し合いをして、どんな気持ちでシュート練習にとりくんでいたのでしょうか?

もしかしたらこの時すでに、全国制覇も視野に入れていたのかもしれませんね!

全国大会では苦しい試合もありましたが、順当に勝ち上がった柳井スポーツ少年団は、決勝戦で今まで一度も勝ったことがない古江(島根)と対戦します。

決勝戦では河村選手のバスケットカウントが決勝点となり、1点差の接戦の末、全国大会優勝を果たしました。

ひよはる
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ミニバスでの練習と父・吉一さんとの自主練習を毎日行い続けた結果、全国大会優勝という大きな結果に繋がったんですね。

小学生の頃からこれだけの努力ができる河村選手は本当にすごいです!

伝説エピソード④ 中学生時代 学業でも常に成績上位をキープ!キャプテンとしてチームをまとめ、全国大会ベスト16まで勝ち進む!

中学生時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:中学生時代の河村勇輝選手

小学校卒業後の河村勇輝選手は地元の中学校・柳井中学校へ進学しました。

中学生の河村選手は堅実的な考えを持っていたそうで、「部活動で日本一になることでなく、バスケと勉強を両立させることが目標でした」と語っていて、高校は姉たちが通う進学校へ進学、教育系の国立大学へと進み、将来は体育教師になりたいと考えていたそうです。

ひよはる
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小学生の時に全国制覇をしているバスケ少年であれば、将来の夢は「プロバスケットボール選手になる!」と考えそうですが、河村選手は別の考えだったようですね。

お父さんに憧れて、体育教師を目指したいと考えていたのか?

当時の現実を見て身長などにコンプレックスがあったのか?

いったい河村選手は思いを持って体育教師を目指していたのでしょうか?

気になりますね。

中学生の河村選手は、部活動をしながら週3日塾に通い、学校のテストでは常に200人中一桁順位内の成績を収め続けていました。

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自身で決めた「体育教師にになりたい」との目標に向かって部活動だけでなく、学業にも熱心に取り組む姿と結果を出し続ける努力の力!まさに文武両道の努力の天才とは河村勇輝選手のことだったのではないでしょうか!

部活動では、1年生の頃からスタメンとして試合に出場していた河村選手。

中学2年生の夏の大会後、新キャプテンに就任し「最後の1年で行けるところまで行く!」という思いを胸に仲間たちと全国大会を目指して切磋琢磨していったそうです。

その奮闘が実り、中学3年生の夏の大会では県大会を勝ち上がり、全国大会に出場。全国ベスト16のという結果を残しました。

ひよはる
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小学生時代だけでなく、中学生になっても全国大会で結果を出した河村選手。

キャプテンとしてチームを鼓舞しながら牽引したこの経験はプロ選手になっても、きっと活かされているのではないでしょうか?

伝説エピソード⑤ 高校生時代 才能を開花!強豪・福岡第一の中心選手として一気に全国区の選手に!U-16・U-18日本代表選手として高校バスケを牽引する存在に!

高校時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:高校時代の河村勇輝選手

河村勇輝選手は中学の全国大会後、高校バスケの強豪校・福岡第一高校の井手口監督にスカウトを受け、悩んだ末に福岡第一高校へ進学しています。

ひよはる
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地元の進学校へ進学し、体育教師を目指していた河村選手にとって、将来の夢に向かって進むか、バスケを中心とした夢に進むか、大きな決断だったのではないでしょうか?

河村選手は高校1年生ながらウィンターカップに先発ポイントガードとして出場し、持ち前のスピードやパスでゲームをコントロール、堂々としたプレーを見せ、チームはベスト4まで進出しました。

福岡第一高校進学後の河村選手の活躍は高校バスケ界に衝撃を与え、全国区の選手の仲間入りを果たします。

しかし河村選手自身は、準決勝では3Pシュートを1本も決めることができず、自分のせいでチームが負けたと思い、とても悔しい思いをしたそうです。

ひよはる
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河村選手にとってこの敗戦は、小学4年生の時に味わった県大会での敗戦と同じように、とても悔しく、そして今後の活躍への原動力にもなっていったのではないでしょうか?

この悔しさを忘れず、河村選手は昼休みや早朝などシュートの自主練習に励み、その努力が実って高校2年生のウィンターカップでは優勝を果たしています。

また翌年、U-16・U-18の日本代表に選出され、アジア選手権に出場。高校バスケ界を牽引する存在となりました。

ひよはる
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幼い頃から悔しさをバネにとにかく努力をして、結果を掴み取るのは河村選手。

常に現状の結果に満足せず、やるべきこと、やれることはとことんやるというスタンスは尊敬しているお父さんの言葉をずっと胸に秘め続けているのではないでしょうか?

伝説エピソード⑥ 高校生時代 高校バスケ界であまりに強すぎる福岡第一高校!天皇杯でプロチーム・千葉ジェッツ相手に健闘する!河村選手は高校生にしてプロデビュー!Bリーグ・史上最年少出場記録と史上最年少得点記録を打ちたてた!

高校時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:高校時代の河村勇輝選手

高校2年生のウィンターカップを優勝した福岡第一高校は、その後も圧倒的な強さを見せ、高校3年生のインターハイ優勝、ウィンターカップも優勝と圧倒的な強さを誇りました。

ひよはる
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河村選手はチームのキャプテンとしてバスケ部をまとめ上げ、試合では司令塔として活躍。

まさにチームの中心的存在だったのではないかと思います。

そしてプロチームも出場するバスケの天皇杯に出場を果たし、大会3連覇中のBリーグ強豪・千葉ジェッツと対戦します。

高校生対プロの対戦ということで、千葉ジェッツが圧勝するのでは?との声が多い中、持ち前のディフェンス力や速攻などで検討を見せました。

ひよはる
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プロチーム・社会人・大学生も出場する垣根を超えた日本一強いチームを決める天皇杯で、ましてや大会連覇中の最強チーム・千葉ジェッツ相手に健闘を見せた福岡第一高校の選手たち。

河村選手を始め、将来プロ選手として活躍するであろう有望な高校生たちが戦う姿は、見ている観客に大きな感動と期待を抱かせたのではないでしょうか。

河村選手もプロ相手に21得点10アシスト6スティールの活躍を見せ、憧れのBリーグ選手でもある富樫勇樹選手から「高卒でプロになってほしい」と言葉を受けたそうです。

ひよはる
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日本を代表するプロ選手、それも憧れの富樫勇樹選手からプロになってほしいと実力を認められる河村選手。

まさに井手口監督の指導の下、今までの努力が認められた瞬間ですね!

ウィンターカップ後の河村選手は、Bリーグチーム・三遠ネオフェニックスに特別指定選手として契約を結び、現役高校生ながらBリーグの舞台に立つことになります。

そしてデビュー戦では、当時のBリーグ史上最年少出場と最年少得点記録を樹立。

その後も活躍を続け、計11試合に出場し、平均12.6得点・3.1アシストを記録してBリーグの新人賞のベスト5にも選ばれました。

伝説エピソード⑦ 大学生時代 2024年のパリ五輪を出場を目標に正式にプロ契約決意!プロ転向後、2022-2023シーズンのMVP・ベストファイブ・新人賞など数々の賞を受賞する!

大学生時代の河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:大学生時代の河村勇輝選手

河村勇輝選手は高校卒業後の進路をプロリーグに進むか、将来の夢である体育教師を目指す為、大学へ進学するかを迫られますが悩んだ結果、大学への進学を選択し、大学バスケの強豪・東海大学へ進学します。

ひよはる
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バスケでプロになるか、大学に進学して教員への道へ進むか。

河村選手にとっては高校進学に続き、2度目の大きな決断だったと思います。

プロへの道も手が届くところあるにもかかわらず、自分を見つめ直して、大学進学を選択したことは、河村選手らしい決断ですね!

東海大学での練習では、名将・陸川監督の指導の下、体感を鍛えたり、バスケIQも向上し、大きく成長。

1年目からプレータイムを勝ち取り、1年目からインカレ優勝に貢献し、オフシーズンには、特別指定選手として横浜ビー・コルセアーズへ加入し、再びプロの世界で活躍していきます。

2年生になった河村選手は特別指定選手としてBリーグで経験を重ねる中で、バスケに取り組む環境や2024年のパリ五輪に日本代表選手として出場したいとの思いが強くなっていったそうです。

ひよはる
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日本のトップレベルでプレーをしている中、河村選手の心の中で「日の丸を背負い、世界の舞台で戦いたい!」という強い思いが込み上げてきたのではないかと感じます!

本当にかっこいいですね!

東海大学で指導に当たっていた陸川監督・ご両親は河村選手の意志と覚悟を尊重し、2022年3月に東海大学を中退。横浜ビー・コルセアーズとプロ契約を結び、4月よりプロ選手としてチームに加入しました。

プロ転向後の2022-2023年シーズンではチームの主力選手として活躍。レギュラーシーズンは52試合出場で1試合平均19.5得点・3.4リバウンド・8.5アシストをマークし、BリーグMVP・ベストファイブ・新人賞などを受賞しました。

ひよはる
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特別指定選手としてBリーグで戦っていた経験があるとはいえ、新人にしてたくさんのタイトルを受賞した河村選手!

学生時代からずっと、直向きに練習してきた河村選手の努力の積み重ねが導いた結果ですね!

2023年8月25日より開催されたFIBAバスケットボールワールドカップに日本代表選手として出場

日本代表選手として活躍する河村勇輝選手
河村勇輝選手の伝説エピソード:日本代表選手として活躍する河村勇輝選手

河村勇輝選手は、2022年7月のワールドカップアジア予選の台湾戦でA代表での初出場を果たします。その後、2022年FIBA男子アジアカップにも出場され、2023年8月25日より開催のFIBAバスケットボールワールドカップにも、日本代表選出として出場されています。

今大会では河村選手の目標である「2024年のパリ五輪出場」への出場権をかけた大切な大会になり、日本代表はアジア枠の1枠をワールドカップで結果を出し、勝ち取ることが必要になります。

ひよはる
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世界の強豪が一堂に会する大会の為、厳しい戦いになると思いますが、河村選手を始め、代表選手全員のご活躍に期待したいですね。

追記:河村勇輝選手はFIBAバスケットワールドカップ2023・1次リーグ2戦目にて、3Pシュートを連発し25得点9アシストの大活躍。日本代表選手たちは98-88でフィンランドに勝利!世界大会での連敗を11で止め、17年ぶりの勝利を収めました!

【日本×フィンランド|ハイライト】FIBAバスケットボールワールドカップ2023
引用元:DAZN Japan
ひよはる
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ついに長年の悲願を達成したバスケ日本代表選手の皆さん!本当におめでとうございます!

まとめ

今回は、【画像16枚】河村勇輝選手の幼少期や学生時代の伝説エピソード7選!まさに文武両道の努力の天才とは彼のことだった!と題しましてお届けさせて頂きました。

河村勇輝選手は、小学生の頃から人並外れた努力に努力を重ねてバスケの実力を伸ばしつつも、自身と真摯に向き合い、体育教師を目指すという現実的な目標と勉学にしっかりと取り組むといった自己分析の高さ・学ぶ姿勢の素晴らしさが現在、日本を代表する選手として活躍する河村選手の力になっていることがわかりました。

Bリーグ選手として、日本代表選手としてバスケットボールの第一線で戦い続けている河村勇輝選手が今後もますますご活躍されることを期待しています。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。